お知らせ

2013年5月12日(日)

2013年5月12日主日礼拝

主の御名を賛美いたします

本日は、ヨナ書のシリーズ第2回目、
「どん底から神の御心へ」と題して、工藤先生に
メッセージを取り次いでいただきました。

「神の御心」とは、神の計画や目的や意志などに関する
聖なる意図のことです。

どのようにすれば「神の御心」を知ることができるのか、
それはわたしたちにとっていつも課題です。

さて、ヨナは、一度は神の御心から離れ、逃げようとしました。
しかし、ヨナの身に何が起こったでしょうか?

荒れた海に放り込まれたヨナを、主は巨大な魚に命じて
呑み込ませられました。
主は、ヨナに悔い改めの場を備えてくださったのです。

「苦難の中で、わたしが叫ぶと、主は答えてくださった。
 陰府の底から、助けを求めると 私の声を聞いてくださった。」

ヨナは、感謝と悔い改め、ダビデの祈りのような聖書的な祈り、
そしてこの祈りは神に届く、という神に信頼する祈りを捧げました。

最も低い所と、最も高い所、すなわち主をつなぐものは、
祈りにほかなりません。

ヨナが巨大な魚の腹の中にいたのは三日三晩、
イエス様が十字架にかけられてから復活するまでの
三日をわたしたちに思い起こさせます。

苦難の底にある時、イエス・キリストの十字架を思い、
神の臨在を知ることができるのではないでしょうか。

いま、心を静めて、胸の内にある思い、願いを
主の前に注ぎ出し、神の御心を求めてみましょう。

「だから、あなたが祈るときは、奥まった自分の部屋に入って戸を閉め、
隠れたところにおられるあなたの父に祈りなさい。そうすれば、
隠れたことを見ておられるあなたの父が報いてくださる。」
(マタイ6:6)

今日は母の日ですね。
すべてのお母さんに感謝を捧げるとともに、
お母さんの喜び、悲しみを分かち合い、
寄り添うことができますように。
神様の愛と恵みが、お母さんに豊かにありますように。

北京も急に夏の陽気になってきました。
みなさま、体調をくずされませんように、
新しい1週間もお元気でおすごしください。

2013年4月28日(日)

2013年4月28日主日礼拝

主の御名を賛美いたします

本日は、ヘブル人への手紙のシリーズ第6回目、
「信仰によって」と題して、工藤先生に
メッセージを取り次いでいただきました。

もしもこの世から「信仰」がなくなったら、どうなるでしょうか?
お金、医療、人間関係・・・いろいろな物事が、信じることによって
成り立っていますが、それらが信じられないとすれば、最後には
自分しか残らなくなります。

しかし、自分さえも信じられなかったらどうでしょうか。

私たちは、信仰によって神に近づくことができることを学んできています。

では、信仰とは、何でしょうか?

信仰とは、自分自身から出たものではなく、神からの賜物であり、
信仰によって救われるのは、神様からの恵みそのもの。
信仰の決意すらも神様からいただくものなのです。

時として、自分の信仰が弱くなってしまったとか、
初めの愛が失われてしまった、というように感じることが
あるかもしれません。

しかし、からし種一粒の信仰であっても、
山をも動かすことができる、とイエス様は言われました。
神様が恵みによって与えてくださった、わたしたちひとりひとりに応じた
信仰を用い、表していくことが大切なのでしょう。

誰かに賞賛されたり、良い結果が得られたりすることが大切なのではなく、
問題にぶつかったときや、悩んだとき、恐れないこと、
それが信仰によって打ち勝つことだと教えられました。

あなたの信仰は大丈夫です。
イエス様が共にいてくださいます。

中国は明日から連休ですね。
桜や海棠も満開です。
どうぞよい休暇をおすごしください。

新しい1週間も主の恵みと祝福が豊かにありますように。

2013年4月21日(日)

2013年4月21日主日礼拝

主の御名を賛美いたします

本日は、ヘブル人への手紙のシリーズ第5回目、
「神に近づく3つのステップ」と題して、工藤先生に
メッセージを取り次いでいただきました。

へブル人への手紙を通して、どうしたら神に近づくことができるのか
について学んできています。

私たちにとって、居心地の良くない場所はあるでしょうか?
逆に、居心地のよい場所はどこでしょうか?
魂の居心地の良さとは、何でしょうか?

ダビデは、うたいました。
「ひとつのことを主に願い、それだけを求めよう。
命のある限り、主の家に宿り
主を仰ぎ望んで喜びを得
その宮で朝を迎えることを。」

主の家に宿ること、神に近づくこと、
そこに大きな平安があることを覚えます。

神に近づく道は、イエス様が開いてくださいました。
主イエスの十字架によって、自分の罪は赦されていると
心から信じる全き信仰によって、わたしたちは神に近づくことができます。

復活したイエス様が今も生きておられ、
追い風も向かい風も吹いてくるわたしたちの人生を
共に歩んでくださることは、希望であり、喜びです。

自分のためだけでなく、誰かのために、
愛をもって励まし合うとき、神様も、
わたしたちのその行いを助け、喜んでくださるのではないでしょうか。

「それゆえ、信仰と、希望と、愛、この三つは、いつまでも残る。
その中で最も大いなるものは、愛である。」
(第一コリント13:13)

神に近づき、神の臨在に入ることができますように。

先週は、日本の地震に続き、中国四川省でも大きな地震が発生しました。
被害がこれ以上大きくならないよう祈ります。

新しい1週間、どうかみなさまの心に平安がありますように。

2013年4月14日(日)

2013年4月14日主日礼拝

主の御名を賛美いたします

イースターなどで少し間があきましたが、
本日は、ヘブル人への手紙のシリーズ第4回目、
「偉大な大祭司イエス・キリストⅡ」と題して、工藤先生に
メッセージを取り次いでいただきました。

旧約聖書の時代、祭司は、いけにえを献げ、
神と民との関係を保つ役目を担っていましたが、
祭司にも死があるため、永続性には限界がありました。

しかし、大祭司であるイエス・キリストは、永遠に生きておられるので、
変わることがありません。

イエス様は今も生きておられ、どのような状況にあっても
わたしたちのためにとりなしてくださっており、
そのとりなしによって、わたしたちの罪は赦されているのです。

完全に聖なるお方が、ただ一度ご自身を献げることによって、
わたしたちの救いは成し遂げられました。
その救いは永遠であり、わたしたちは、神様に永遠に受け入れられています。

イエス様は、何の条件もなく、ただ「ついてきなさい」と言って
わたしたちを受け入れてくださいました。
神様の愛と憐みを知り、信じ、従うとき、心に平安が訪れることを
感謝いたします。

すべてを神様にゆだね、主に信頼して歩む1週間となりますように。

本日、礼拝後はウェルカムパーティを開き、
新しく北京に来られた方々とご一緒にゲームなどもして
楽しいひと時を過ごしました。
折々に必要な助けが与えられますように、これからも
良き交わりのときが持てますようにお祈りいただければ幸いです。

新しい1週間もどうかお元気でおすごしください。

2013年4月 7日(日)

2013年4月7日主日礼拝

主の御名を賛美いたします

本日は第一コリント15章から、
「復活したキリスト」と題して、工藤先生に
メッセージを取り次いでいただきました。

歴史を振り返ってみる時、個人にとって、あるいは世界にとって、
何が一番重要なことだったでしょうか?
それは、イエス・キリストの復活ではないでしょうか?

パウロがコリントの教会で宣教していた当時、
キリストの復活は信じるが、死者の復活は信じない
という人々がいました。

しかし、キリストの復活と死者の復活はリンクしており、
死者が復活しなければキリストの復活もない、とパウロは語ります。

私たちには、霊的死、肉体の死、永遠の死という3つの死の問題がありますが、
キリストを信じた者は、霊的に生きる者とされ、
終わりの日にからだはよみがえり、永遠のいのちを与えられるのです。

もしも、復活がなければ、罪の問題は解決されていないことになるでしょう。

自我を捨て、キリストと共に十字架に死に、
そしてキリストと共に生きること、
そうしてこそ、人生が意義あるもの、豊かなものになると
教えられました。

いま、十字架の死とイエス様の復活を深く心に刻みます。
キリストの復活こそが希望です。
弟子たちが復活の証人として生きたように、
どうか私たちをも神様が用いてくださいますように。
キリストが復活したゆえに、わたしは祝福された者です。

新しい1週間も、復活の主が共に歩んでくださいますように。
重荷を負っている者、問題を抱えている者、心配事や思い煩いがある者、
すべての者が福音を聞き、キリストが私たちの罪のために死に、
そして復活されたことを知り、希望を見出すことができますように。
イエス様の尊い御名によって祈ります アーメン