2013年

2013年7月28日(日)

2013年7月28日主日礼拝

主の御名を賛美いたします

テモテへの手紙(第一)のシリーズでは、「築き上げる」をテーマに
学んできましたが、本日の礼拝では、第6回(最終回)
「真の命を得るために築く教会」と題して、
上山先生にメッセージを取り次いでいただきました。

わたしたちは、真理に背く教えや、金銭にまつわる誘惑に
引き込まれそうになることがあるのではないでしょうか。

自己中心に陥り、頼りにならない富みに執着してしまうわたしたちですが、
パウロは、神の前に謙遜であること、罪人であることを自覚すること、
より頼むものはただ神しかないことを説きます。

わたしたちは、互いに、人を自分よりもすぐれた者と思い、
自分のことだけでなく、他の人のことも顧みることが
できているでしょうか。

神様は、すべての物を豊かに与えて楽しませてくださる方であり、
必要を求めていくとき、必ず与えてくださる方です。

金持ちの青年が、「永遠の命を得るには、どんな善いことをすればよいのか」
とたずねると、イエス様は、「自分の持っているものを売り払い、
貧しい人々に施せば、天に富を積むことになる」と教えられました。

青年はこの言葉を聞いて悲しみながら立ち去りましたが、
わたしたちはどうでしょう?

誰かのために、惜しみなく施し、喜んで分け与えることができているでしょうか。

永遠の命をいただいた者には、主からゆだねられた使命がきっとあります。
ひとりひとりに、あなたにしかできないことがゆだねられているでしょう。

主の教会を築き上げるために、与えられた賜物がそれぞれの場で
用いられるよう祈ります。

「何よりもまず、神の国と神の義を求めなさい。
そうすれば、これらのものは加えて与えられる。」
(マタイ6:33)

27日(土)には、BJF、BICF日本語教会のOB会が開かれました。
たくさんの方が集われ、和やかに楽しいひとときがもたれました。
週報にご報告しておりますので、ぜひご一読ください。

今週も聖霊に満たされ、主の平安がみなさまのうちにありますように。
どうぞお元気でおすごしください。

2013年7月25日(木)

2013年7月21日主日礼拝

主の御名を賛美いたします

本日の礼拝では、テモテへの手紙(第一)のシリーズ第5回目、

「教会を築く互いの任務」と題して、

坪内先生にメッセージを取り次いでいただきました。

わたしたちは、「互いに愛し合いなさい」と教えられていますが、

では、具体的にはどうしたらよいでしょうか?

パウロは、テモテに語ります。

老人に対しては自分の父親と思い、

若い男は兄弟と思って諭しなさい、

年老いた婦人は母親と思い、

若い女性には姉妹と思って諭しなさい、と。

この「諭す」とは、愛を持った励ましである、

と教えていただきました。

私たちは、誰かに何かを指摘したり、諭したりするとき、

自分の家族と接するように、相手を築き上げることを思って

その勧めを行っているでしょうか?

また、本当に助けを必要としている人を、

わたしたちは見極めることができているでしょうか?

さらに、もし、自分が助けを求める者の側であったとしたら、

どうでしょう?

神様の前に、忠実に生きること、忠実な姿勢でいることが

できているでしょうか?

神様は、隠れたことを見ておられます。

自分のことは考えず、相手のことをただひたすら思って、

その人のために手を差し伸べられるような者になること、

そんな信仰を築き上げられるようにと願います。

「だから、あなたが祈るときは、奥まった自分の部屋に入って戸を閉め、

隠れたところにおられるあなたの父に祈りなさい。そうすれば、

隠れたことを見ておられるあなたの父が報いてくださる。」

(マタイ6:6)

このごろの北京はまた空気の汚れが気になるところです。

暑い中、マスク姿の人も心なしか増えているようです。

何かと忙しい毎日を過ごされている方も多いと思いますが、

この夏、少しゆっくりペースはいかがでしょうか?

今週もどうかお元気で。

主が共にいてくださり、日々の生活を守ってくださいますように。

2013年7月16日(火)

2013年7月14日主日礼拝

主の御名を賛美いたします

主日礼拝では、テモテへの手紙(第一)のシリーズ第4回目、

「奉仕者としての自分を築く」と題して、

工藤先生にメッセージを取り次いでいただきました。

誰かに奉仕すること、仕えることは、

あなたにとって、喜びとなっているでしょうか、

心から湧き出るような思いがそこにあるでしょうか。

聖書のみことばからの教えを自分の内に蓄え、

その教えを忠実に守ること、

そこから一歩進んで、より主体的に、積極的に、

自らの意思で内面を鍛錬すること、

そしてキリストのことばに精通し、そのことばを実践し、

奉仕において最高のものを神様に献げること、

これらを「コンプライアンス、アドヒアランス、プロフェッショナル」

というキーワードから学びました。

聖書のみことばひとつひとつが、

わたしたちを育ててくださっていることを覚え、

いつも、人を生かすことば、人を築き上げることばを

語ることができるように、聖霊の助けを祈りたいと思わされました。

「どうか、わたしの口の言葉が御旨にかない

心の思いが御前に置かれますように。」

(詩編19:15)

厳しい暑さが続きますね。

暑さで疲れもたまりがちになるのでしょうか、

体調をくずされる方もいらっしゃるようです。

くれぐれも気をつけておすごしください。

今週も主の恵みと祝福が豊かにありますように。

2013年7月 9日(火)

2013年7月7日主日礼拝

主の御名を賛美いたします

主日礼拝では、テモテへの手紙(第一)のシリーズ第3回目、

「神の教会を築く」と題して、

工藤先生にメッセージを取り次いでいただきました。

教会とは何か?と問いかけられたなら、

わたしたちはどのように答えるでしょうか?

「教会」の原語の「エクレシア」というギリシア語は、

「呼び集められた者」という意味だそうです。

すなわち、イエス・キリストを信じ、召された者が集まる、

それが教会であり、建物のことを言っているわけではありません。

さて、わたしたちは、呼び集められた者として集うことによって、

生ける神との交わりを築くことができているでしょうか?

生ける神との交わりによって、喜びを得ているでしょうか?

十戒において神がわたしたちに偶像礼拝を禁じたのは、

生ける神を偶像にしてしまうことによって、

わたしたちが人格的な神との交わりを失ってしまうことを

戒めるためでした。

新約時代、パウロはテモテに対して、

「神の家とは、真理の柱であり、土台である生ける神の教会です。」

と説きました。

神の家、すなわち生ける神の教会に集う者として、

神の真理により頼んでいるだろうか、

生ける神との交わりを喜び、感謝しているだろうか、

生ける神にどのように誠実に仕えていけばよいだろうか、

と、静かに自らを省みるときを与えられたメッセージでした。

「私は道であり、真理であり、命である。」

(ヨハネ14:6)

蒸し暑い日が続きますが、

みなさま、どうぞ体調には気をつけておすごしください。

今週も主の恵みと祝福が豊かにありますように。

2013年6月25日(火)

2013年6月16日、23日主日礼拝

主の御名を賛美いたします

本日は、テモテへの手紙(第一)のシリーズ第2回目、
「平安で静かな一生を過ごすために」と題して、
工藤先生にメッセージを取り次いでいただきました。

平安で静かな一生は、誰もが望むものではないでしょうか。
では、そのような一生を過ごすには、どうしたらよいでしょう?

テモテへの手紙(第一)の2章で、パウロがテモテに勧めたのは、
「まず初めに(まず第一に)」祈ること、でした。

願いと祈りととりなしと感謝を、すべての人々のためにささげること、
誰かのために祈るとき、平安と静けさを得ることができる、と
パウロは説きます。

富や名誉に重きを置く人生、
長い生を望みながら良い生に思いを致さない人生は
なんと空しいことでしょうか。
人生において、わたしたちが重きを置くべきは、
神であることを聖書は教えてくれます。
神に重きを置き、神の重さを理解すること。
その重さを知り、わきまえて行動するとき、
敬虔と威厳に裏打ちされた秩序が生まれ、
平安で静かな一生を送ることができるでしょう。

神は、すべての人々が救われて
真理を知るようになることを望んでおられます。
まだ、福音を聞いたことのない人のために、
救いの祈りを祈ります。
主の平安がありますように。

今週も主の恵みと祝福が豊かにありますように。